よく「英語は公用語だから各国のアクセントがあって当たり前」
「日本語アクセントでも通じるから問題はない」「発音は気にする必要はない」と言った言葉を目にします。
皆さんはどう思われますか。
きっとここに辿り着いてくださった方は、「そんなことはない」と思っていらっしゃることと思います。
わたしもそう思いを抱くうちの1人ですが、
皆さんは、この2パターンの人たちを比べるとどう感じますでしょうか。
✅通じない場面があってもなんとなくコミュニケーションが楽しくとれていれば良い方
✅限られた英語スピーカーとしか話さないので、その人達に通じていれば問題のない方
または
✅会社のオンライン会議で意見を交換し合う必要がある方
✅プレゼン等大切な場面で信頼や商談をうまく進めたい方
もしかしたら、前者の方々は「日本語アクセントでも大丈夫!」かもしれません。
ですがあなたが後者の場合、そうとは限りません。
発音は相手に「安心して通じ合える」という信頼を与えることもできます。
日本語アクセントでは通じない。
これはもう日本語と英語という言語の共通点が極端に少ないことからもわかる通り、
紛れもない事実で、なぜかと言えば文法も違えば発音も違うからです。
・音節という概念が前提である(日本語は1音節の連続なので意識しない)
・母音の種類が違う(日本語にない音がある)
・子音の種類が違う(日本語にない音がある)
・息の使い方や声の出し方が違う(1音1音はっきり発音されず、音がつながる)
・リズムが違う(英語は長短のコントラストがつく)…
逆に言えば、「あの人日本語アクセントだけど通じている」と思える方は
・特定の場面での英語なので、使われる単語やフレーズが容易に相手が予測できる
・リズムが捉えられている
・音節が合っている
・母音や子音が致命的に間違わない
などの特徴があるかと思います。
発音を知ることは、言語の基礎を知ることで、プラスαのスキルではないのです。
今の日本の教育では4技能(リーディング、ライティング、スピーキング、リスニング)には力を入れますが、なぜか「発音」になった途端「付け足しのスキル」と捉えられてしまうことがまだまだ少なくありません。
発音はこれらのスキルの土台であり、お花で例えると中心部分になります。
発音の土台がしっかりとあるからこそ、4技能のスキルの花びらが開くのです。
ただ、ここまで書いておいてなんですが、
結論は「自分がどうありたいか」だとも思っています。
これはもう英語に限らず、何にしたって結論はそうなんですが…
例えば趣味のテニスでもっと技術を磨きたいのか、それとも身体を動かせる程度で良いのか…
「自分がどうありたいか」次第ですよね。
ちなみに発音をマスターすると、
初めて耳にする単語もなんとなくスペルが頭の中で書けるので、
「あ〜!」と紐付けできるようにもなります。とても嬉しい瞬間です。
最後に、この問題提起に逆問題提起をしたいと思います。
「発音をやらないメリットは何ですか?」
…喧嘩は売っていません(笑)
英語学習者にとって、発音を知ること・学ぶことはメリットしかないと信じています。
日本語アクセントではいけないのか?問題について
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